AI活用事例2026年4月更新

警察・公安のAI活用事例|年齢進行顔画像・犯罪予測・疑わしい取引分析を徹底解説

公開日: 2026/04/24
警察・公安のAI活用事例|年齢進行顔画像・犯罪予測・疑わしい取引分析を徹底解説

この記事のポイント

警察庁・都道府県警察・JAFICによるAI活用の最新事例を網羅。加齢顔画像(TEHAI)・犯罪ホットスポット予測・疑わしい取引分析・トクリュウ対策生成AI・フィッシング偽サイト判別まで、2026年最新動向を公式情報ベースで整理します。

警察・公安領域でのAI活用は、大きく①指名手配被疑者の現在の顔を推定する「年齢進行顔画像(加齢顔画像作製)」、②犯罪が起きやすい地点・時間帯を割り出す「犯罪ホットスポット予測」、③年40万件超の届出を優先度付けする「疑わしい取引分析(AML)」の3主軸に整理できます。2025年以降は、これに加えて匿名・流動型犯罪グループ(トクリュウ)対策に生成AIを導入する動きや、フィッシング偽サイトの自動識別、警察庁の業務効率化(国会答弁草案・長時間労働是正)といった新潮流が加わっています。

この記事は、警察庁・都道府県警察・JAFIC(警察庁犯罪収益対策室)の公式情報と、2020〜2026年に公表された主要な導入事例を横断整理したものです。自治体・警察向けDXベンダー、金融機関のコンプライアンス部門、セキュリティベンダー、政策ウォッチャーの方が「どの領域に、どの技術で、どの程度の効果で入っているか」を一度に把握できるよう設計しています。

この記事でわかること

  • 日本の警察・公安が実運用しているAI活用事例の全体像(2026年最新版)
  • 3主軸(年齢進行顔画像/犯罪予測/疑わしい取引分析)の仕組みと効果
  • 2025〜2026年に本格化する生成AI活用(トクリュウ対策・業務効率化・偽サイト判別)
  • 金融機関側のAML AI導入事例と削減率ベンチマーク
  • プライバシー・バイアス・誤認リスクに対する日本独自の歯止め
  • AI導入を検討する組織が押さえておくべき規制・コンプライアンス上の論点

警察・公安AI活用の全体像(2026年最新版)

日本の警察・公安領域でのAI活用は、捜査支援・予測・金融情報分析・サイバー対策・業務効率化の5つのドメインに分かれています。令和4年版警察白書で初めて「AIをはじめとする先端技術等の活用による警察力の強化」が政策項目として明記され、令和元年度以降、実証実験から本格運用への移行が段階的に進んできました。

警察・公安のAI活用全体像(捜査支援・予測・金融情報分析・サイバー対策・業務効率化)

主要な活用領域と運用主体

主軸テーマ

代表事例

運用主体

運用フェーズ

年齢進行顔画像(加齢顔画像作製)

加齢顔画像作製システム/TEHAIプロジェクト

科学警察研究所/警察庁+ヤフー・電通デジタル・PARTY

運用中(2014〜/2020〜)

犯罪予測(Predictive Policing)

神奈川県警ビッグデータ犯罪予測

神奈川県警/京都府警/警視庁

本格運用(2021年4月〜)

疑わしい取引分析(AML/STR)

JAFIC疑わしい取引分析システム

警察庁犯罪収益対策室(JAFIC)

本格運用(2022年3月〜)

トクリュウ対策(生成AI)

犯罪相関図自動生成・首謀者特定

警察庁

2026年度本格導入予定

業務効率化(生成AI)

国会答弁草案作成・長時間労働是正

警察庁

2024年3月〜検証/段階導入

サイバー対策

フィッシング偽サイトAI判別・闇バイト募集自動検知

警察庁/警視庁

2024年〜運用

車両・人物認識

Nシステム・車種判別・歩容認証

警察庁/都道府県警察

運用中/研究中

予算規模としては、令和8(2026)年度概算要求で生成AI活用による捜査支援に約2億7,000万円が計上されました(令和7年度は約2,600万円)。わずか1年で10倍以上に拡大しており、警察庁が生成AI領域への投資を明確に加速させていることがわかります。

1. 年齢進行顔画像(加齢顔画像作製)

指名手配被疑者の「現在の顔」をAIで推定する技術です。指名手配から10年以上経過した被疑者は古い写真しか残っておらず、市民が街中で見かけても気づけない――この課題を解くために、科学警察研究所と民間企業がそれぞれ独自の手法でAI化を進めてきました。

科学警察研究所「加齢顔画像作製システム」

警察庁附属の研究機関である科学警察研究所が、平成24〜26年度(2012〜2014年度)に研究プロジェクトとして開発したシステムです。三次元顔画像を用いて、加齢による顔形状の変化・肌のくすみ・シミなど約10年間の変化を分析し、数十年後の顔を推定します。都道府県警察から依頼を受け、実際の捜査で活用されていることが令和4年警察白書に記載されています。

TEHAIプロジェクト(2020年公開)

ヤフー株式会社・電通デジタル・PARTYの3社が警察庁協力のもと公開した民間発のプロジェクトです。2020年9月30日に特設サイトが公開され、指名手配被疑者捜査強化月間(11月)に合わせて5名の重要指名手配被疑者の予測画像が提示されました。

  • 手法: ディープラーニングによる加齢変化予測AIと加齢顔特徴抽出AIの組み合わせ
  • 学習データ: 既存人物の加齢前後写真1〜2万枚
  • 生成方法: 顔の特徴・体型・髪型の変化を考慮した9パターンの予測画像
  • 背景: 2020年8月時点で約630名が指名手配、うち約3割が10年以上手配継続
AIによる年齢進行顔画像の生成イメージ

注意点

加齢顔画像は 「法的な同定根拠にはならない参考画像」 という位置付けです。あくまで市民からの目撃情報を増やすための啓発素材であり、本人確認のための証拠としては使いません。顔認証(既存顔画像と映像を照合する技術)とは別物である点にも注意が必要です。

2. 犯罪予測(Predictive Policing)

過去の犯罪データとオープンデータをAIで分析し、犯罪が発生しやすい地点・時間帯(ホットスポット)を予測する技術です。日本では神奈川県警・京都府警・警視庁が導入していますが、米国の一部警察のような「個人の犯罪可能性」を予測する運用は行っていない点が大きな特徴です。

神奈川県警ビッグデータ犯罪予測

2018年度に実証実験を行い、2021年4月から本格運用を開始した事例です。

項目

内容

入力データ

気象・株価など約100種類のオープンデータ+原則過去5年間の犯罪データ

予測単位

地点・時間帯(人単位ではない)

運用フロー

県警職員が毎朝データ入力 → 昼頃に翌日のホットスポットをアウトプット → 県内全警察署に配信 → 重点パトロール

体制

ソフトウェア・機器は外注、データ入力・運用は県警職員

目的

単なる事件対応ではなく「問題解決型警察活動」への転換

2024年10月には、神奈川県警と日立製作所が生成AIなどの先端技術活用に関する協定を締結し、次世代化に向けた連携が進んでいます。

京都府警・警視庁の取り組み

  • 京都府警: 早期に予測型警察活動を導入し、神奈川県警よりも小規模データで運用
  • 警視庁: 事件情報に加え、性犯罪の前兆とされる「声かけ」「つきまとい」などのビッグデータを重点分析 → 重点パトロールで抑止

また警視庁は令和元年度、約1億4,000万円の予算で以下3領域のAI実証実験を実施しました。

  1. 自動車の車種判別(防犯カメラ映像)
  2. 疑わしい取引の分析
  3. 不審者・不審物の抽出

令和3年度以降は車両自動検出機能が追加され、判別精度・対応車種が拡大しています。

日本と海外の運用思想の違い

比較項目

日本(神奈川県警等)

米国(PredPol/HunchLab等)

中国

予測単位

地点・時間帯

地点・時間帯+個人(COMPAS等)

街頭リアルタイム+個人監視

入力データ

犯罪データ+オープンデータ

犯罪データ中心

街頭カメラ映像+個人データ

監視カメラ規模

限定的

都市部で広範囲(ロンドン約50万台)

約2億台超(天網)

顔認証の街頭運用

一般市民向けには未展開

一部都市で禁止令(サンタクルーズ市等)

広範囲で実装

バイアス課題

論点化されているが運用は地点単位

COMPASで黒人被告の再犯リスク過大評価が指摘

民族マイノリティ監視への国際批判

「予測AIは個人の犯罪可能性を判定するものではない」というのが日本の運用方針です。米国で議論されているCOMPASのような個人再犯リスク予測は日本では採用されておらず、バイアス・人種差別の再生産リスクに対する歯止めになっています。

3. 疑わしい取引分析(JAFIC)

金融機関などから年間40万件以上届出される疑わしい取引(STR)を、AIで優先度付けして捜査に活用する仕組みです。運用主体は警察庁犯罪収益対策室(JAFIC: Japan Financial Intelligence Center)で、日本の資金情報機関(FIU)として機能しています。

疑わしい取引分析(AML)のイメージ

JAFICの運用概要

項目

内容

運用主体

警察庁犯罪収益対策室(JAFIC)

年間受付件数

40万件超

実証実験開始

令和元(2019)年度

本格運用開始

令和4(2022)年3月

AI機能

特定事業者からの届出情報とその整理・分析結果をAIに学習させ、優先度付け

特定事業者

金融機関・宅地建物取引業者・宝石貴金属等取扱事業者 など

AIで優先順位付けすることで、分析担当職員が 「注意を払うべき情報」に先に人的リソースを投入できる ようになりました。日本国内でFIU業務に本格的にAIを導入している例は稀で、国際的にも先進事例に位置付けられます。

金融機関側のAML AI導入事例(削減効果ベンチマーク)

金融機関側でも、取引モニタリングへのAI導入が急速に進んでいます。JAFICへの届出精度向上と、金融機関内部のコスト削減の両面で効果が出ています。

事業者

AIソリューション

効果

公表時期

SBI新生銀行

AIスコアリングモデル

疑わしい取引調査件数 約50%削減

2025年1月

横浜銀行 × NEC

AI不正・リスク検知サービス for Banking

詳細調査対象を 30〜40%削減

2020年7月

愛媛銀行

AMLリスク3段階分類

確認作業 4割減

2025年5月

三菱UFJ銀行 × DCS

疑わしい取引届出確率予測モデル

モデル構築・運用中

継続

GMOあおぞらネット銀行 × Google Cloud Vertex AI

グラフデータベース化

疑わしい取引検知精度 20%向上

継続

AML領域はAI導入のROIが明確に出やすい分野です。導入前後で「確認作業工数」「誤検知率」「検知精度」が数値で比較しやすく、経営判断にも使いやすいのが特徴です。

4. トクリュウ対策(2026年度本格導入予定)

匿名・流動型犯罪グループ(トクリュウ)の捜査報告書・逮捕情報・共犯者記録を生成AIで分析し、犯罪相関図と首謀者を自動抽出する仕組みです。2025年8月28日に警察庁が方針を公表し、令和8(2026)年度から本格導入される予定です。

仕組みと体制

項目

内容

開始時期

令和8(2026)年度

予算

令和8年度概算要求に約2億7,000万円計上

機能

捜査報告書・逮捕被疑者情報・共犯者記録を生成AIで分析 → 犯罪相関図と分析レポートを自動作成 → 首謀者・上位者を特定

連携組織

警視庁「トクリュウ情報分析室」(2025年10月設置)/「トクリュウ対策本部」

環境

クローズド環境オンプレミスの生成AI基盤

トクリュウは、SNSで都度集まる流動的な犯行体制を取るため、従来の組織犯罪捜査の手法では首謀者にたどり着きにくい課題がありました。全国の警察が作成する膨大なテキストデータを生成AIで横串分析することで、人間では見つけにくい相関関係を抽出しようとする試みです。

未確認項目(2026年4月時点)

  • 使用する生成AIモデル(国産LLMか海外製か)は非公表
  • 具体的なアーキテクチャ・精度指標は未公表
  • 2026年度予算の最終承認額は執筆時点で未確定(概算要求額のみ)

5. 警察庁の業務効率化(生成AI活用)

2025年4月24日に警察庁が公表した検証結果によれば、生成AIは以下の業務で活用が進んでいます。

  • 国会答弁案の草案作成
  • 犯罪グループ関係性分析
  • 長時間労働是正に向けた文書作業の効率化

クローズド環境オンプレ生成AIの構築

警察庁では、機密性確保のため 外部インターネット非接続のクローズド環境(オンプレミス) で生成AI環境を構築しています。2024年3月時点で最高性能GPUが導入済みで、調査研究事業の検証報告書が公式サイトで公開されています。

この運用方針は、外部クラウド型生成AIへの機密情報漏えいを防ぐためのものであり、民間企業のDX担当者にとっても 「機密性の高い業務に生成AIを使う際の参考モデル」 になります。

ガバメントAI「源内」との関係

デジタル庁が2026年度中に全府省庁約18万人に展開予定の ガバメントAI「源内」 との連携も想定されています。ただし警察庁は機密情報を扱うため、独自クローズド環境を基本としつつ、一般業務では源内活用を併用する二層構成が見込まれています。

6. サイバー犯罪・サイバーパトロール

フィッシング偽サイトAI判別(2024年〜運用)

警察庁が2024年に導入した、生成AIで偽サイト(口座情報詐取サイト)を自動識別するシステムです。背景には次の数値があります。

  • 2024年フィッシング報告件数: 171万8,036件(過去最高)
  • 不正送金被害額: 86億9,000万円

従来は人手で1件ずつ判別していたものが、AIにより 大量の疑わしいURLを高速にトリアージ できるようになりました。

闇バイト募集自動検知

警視庁がAIでSNS上の闇バイト募集投稿を自動検知し、投稿者に警告を表示する仕組みを運用しています。2024年12月からはデジタル庁の支援で、警察庁がX(旧Twitter)プラットフォーム上の犯罪勧誘情報に対するフィルタリングも開始しました。

SNS規制薬物広告検出

令和3年度の実証実験で高精度な抽出が確認されており、現在も運用が続いています。

7. その他の警察AI活用事例

自動車ナンバー自動読取装置(Nシステム)

全国の主要道路に設置されている、通過車両のナンバープレートをディープラーニングで自動読取し、手配車両リストと自動照合するシステムです。

  • 手配車両検出時は車種・所有者・メーカー情報も自動特定
  • データは一定期間保存・検索可能
  • 古くから運用されているが、AIによる認識精度が継続的に向上

歩容認証(Gait Recognition)

防犯カメラ映像から歩き方の特徴で人物を特定する技術で、顔が映らない角度・距離でも絞り込みが可能です。NECなど国内ベンダーが技術を提供しており、警察庁で研究・導入検討が進んでいます。

不審者・不審物の抽出

警視庁の令和元年度AI実証実験の一環として開発された、大規模イベント会場等での不審者・不審物抽出技術です。会場に設置された防犯カメラ映像をリアルタイム解析し、警備員への通知に活用されています。

警察・公安AI活用事例 横断比較表

主要な導入事例を運用主体・開始時期・技術・効果の観点で横断整理します。

#

活用事例

運用主体

開始時期

技術

主な効果

1

加齢顔画像作製システム

科学警察研究所

2014年〜

三次元顔画像分析

指名手配被疑者の現在の顔を推定

2

TEHAIプロジェクト

ヤフー・電通デジタル・PARTY+警察庁

2020年9月〜

ディープラーニング(9パターン生成)

5名の重要指名手配被疑者の公開

3

神奈川県警犯罪予測

神奈川県警

2021年4月〜

ビッグデータ分析(オープンデータ約100種類)

ホットスポットへの重点パトロール

4

JAFIC疑わしい取引分析

警察庁犯罪収益対策室

2022年3月〜

機械学習による優先度付け

年40万件超届出の人的リソース最適化

5

車種判別・Nシステム

警察庁/都道府県警察

継続運用

ディープラーニング画像認識

手配車両自動検出・容疑者車両絞り込み

6

フィッシング偽サイト判別

警察庁

2024年〜

生成AI

偽サイトの自動識別

7

闇バイト募集自動検知

警視庁

2024年〜

自然言語処理

SNS投稿者への警告表示

8

警察庁生成AI業務活用

警察庁

2024年3月〜検証

クローズド環境オンプレ生成AI

国会答弁草案・長時間労働是正

9

トクリュウ生成AI分析

警察庁

2026年度予定

生成AI(LLM、モデル非公表)

犯罪相関図・首謀者自動特定

10

歩容認証

NEC等ベンダー+警察

研究・検討中

歩容特徴抽出AI

顔が映らない場合の人物絞り込み

警察AI活用の最新ニュース年表

時期

内容

2026年度(予定)

警察庁、生成AIによるトクリュウ犯罪相関図自動生成を本格導入(概算要求2.7億円)

2026年4月

警視庁、生成AI企業家なりすまし詐欺対策ドラマ公開

2025年10月

警視庁「トクリュウ情報分析室」設置

2025年8月28日

警察庁、生成AIトクリュウ分析導入方針を公表

2025年4月24日

警察庁、生成AI業務活用検証結果を公表

2024年10月

神奈川県警×日立、生成AI等活用に向けた協定締結

2024年8月

警察庁、生成AIで偽サイト(フィッシング)識別システム導入

2024年3月

警察庁、クローズド環境オンプレ生成AI環境構築(報告書公開)

2022年3月

警察庁、疑わしい取引分析AI本格運用開始(JAFIC)

2021年4月

神奈川県警、犯罪予測ビッグデータシステム本格運用開始

2020年9月30日

TEHAIプロジェクト特設サイト公開

導入コスト感とハードル

予算規模の目安

予算項目

金額

令和8(2026)年度 警察庁 生成AI捜査支援 概算要求

約2億7,000万円

令和7(2025)年度 警察庁 生成AI構築・検証 概算要求

約2,600万円

令和元(2019)年度 警視庁AI実証実験(車種判別・AML・不審者抽出)

約1億4,000万円

PRISM(官民研究開発投資拡大プログラム)AI領域

令和4年度以降継続投資(内閣府CSTP所管)

導入のハードル

  1. 機密性の確保 — 外部クラウド型生成AIに捜査情報を投入できないため、クローズド環境(オンプレ)の構築コストが高い
  2. AI人材の確保 — 警察内部での運用・保守・精度検証を行える人材確保が課題
  3. データ整備 — 警察データは各都道府県警で分散管理されており、全国横串分析には事前のデータ標準化が必要
  4. 法制度との整合 — 犯罪収益移転防止法・個人情報保護法・刑事訴訟法などとの整合確認
  5. 説明可能性(XAI)の担保 — AIの判断根拠を捜査員・検察・裁判所に説明できる必要がある

規制・コンプライアンス上の注意点

警察政策学会の講演録(東京都立大学 星周一郎教授「AIを用いた警察活動におけるコンプライアンス上の課題について」)で論点化されている主な項目を整理します。

プロファイリング・プライバシー保護法制との整合

個人情報保護法・次世代医療基盤法・犯罪捜査規範などとの整合が求められます。特に、警察が保有するデータは「捜査目的」の範囲内で利用する原則があり、目的外利用とならないよう慎重な運用が必要です。

統計的差別・バイアスの再生産

米国COMPASの再犯リスク予測で黒人被告の再犯リスクを白人より高く評価する傾向が指摘されたように、過去の犯罪データで学習したAIは 既存の社会的バイアスを再生産するリスク があります。日本では「地点・時間帯単位の予測」に限定することで、個人単位でのバイアス問題を回避する設計を採っています。

誤認・誤検知時の責任所在

AIの判断が誤っていた場合、捜査員・AI開発ベンダー・警察組織のどこに責任があるか を事前に整理しておく必要があります。米ミシガン州では2020年に顔認識AIの誤判定で黒人男性が誤認逮捕される事件も発生しました。

説明可能性(XAI)の担保

「AIがなぜその判断に至ったか」を裁判で説明できる必要があります。ディープラーニング系モデルはブラックボックス化しやすいため、説明可能な設計・記録の保存 が重要です。

日本が採用する歯止めの全体像

歯止めの観点

日本での運用方針

予測の対象単位

地点・時間帯(個人単位の予測は採用しない)

街頭顔認証

一般市民向けにはリアルタイム監視を展開していない

AI判断の位置付け

単独で捜査の結論とせず、あくまで捜査員の判断支援

生成AI環境

機密業務はクローズド環境オンプレで運用

加齢顔画像

法的同定根拠とせず、市民目撃情報の参考素材

こんな組織におすすめ/導入が難しい組織

AI活用がおすすめの組織

  • 大規模なテキスト・画像データを継続的に保有する警察組織・自治体
  • 捜査員・分析担当職員のリソースが慢性的に不足している機関
  • 金融庁・FIU連携を含むAML業務を大量に抱える金融機関
  • 機密情報の取扱いを伴うため、オンプレ・クローズド環境でのAI運用に予算を付けられる組織
  • 説明可能性・ガバナンスを組織内で設計できる法務・コンプライアンス体制を持つ機関

現時点でAI導入が難しい組織

  • データ標準化・デジタル化が未達の小規模警察組織・小規模自治体
  • AI運用・保守の専門人材が確保できない組織
  • 判断根拠の説明責任を担保する体制が未整備の組織
  • 個人情報・プライバシー保護の内部規程が未整備で、目的外利用が発生するリスクが高い組織

実務ベンダー・DX担当者への示唆

警察・公安領域のAI導入は、実証実験から本格運用への移行に約3年かかる のが一般的な傾向です(例: JAFIC疑わしい取引分析は2019年実証 → 2022年本格運用)。ベンダーとして参入を検討する際は、以下の観点で準備しておくと評価されやすくなります。

  • クローズド環境オンプレでの運用実績 — 外部クラウド非接続前提の設計経験
  • 説明可能性を担保したモデル構成 — ブラックボックス化しない仕組みの提示
  • 日本語・警察業務特有のドメイン知識 — 報告書・捜査書類形式への対応
  • 個人情報・犯罪収益移転防止法など法令知識 — 法務・コンプライアンスとセットでの提案
  • 自治体・警察導入実績 — 類似BtoG実績があれば優位

金融機関側では、横浜銀行(NEC)・SBI新生銀行・愛媛銀行の事例のように、「確認作業を何割削減できたか」 という定量的な指標を出せると経営判断が通りやすくなります。

FAQ

Q1. 警察のAIは個人の犯罪可能性を予測していますか?

現時点で、日本の警察は個人単位の犯罪予測を行っていません。 神奈川県警などの犯罪予測システムは「地点・時間帯」単位のホットスポット予測に限定されており、米国COMPASのような個人再犯リスク予測は採用していません。

Q2. 日本は中国のようなAI監視社会に向かっているのでしょうか?

一般市民向けの街頭リアルタイム顔認証監視は展開されていません。中国の天網システム(約2億台超のカメラ+AI顔認証)と日本の運用モデルは根本的に異なります。日本では捜査支援・業務効率化が中心で、無差別監視は行われていない点が重要な区別です。

Q3. 加齢顔画像は裁判で証拠になりますか?

なりません。加齢顔画像はあくまで 「市民からの目撃情報を増やすための参考画像」 であり、法的な同定根拠にはなりません。最終的な本人確認は、DNA鑑定・顔認証・指紋照合などの別の証拠で行います。

Q4. AIが犯罪の結論を出しているのですか?

いいえ。警察庁の公式見解として、AI分析結果は単独で捜査の結論とせず、あくまで人間の捜査員による判断支援 に位置付けられています。AIは「優先度付け」「仮説提示」までを担い、最終判断は人間が行います。

Q5. JAFICの疑わしい取引分析AIは何をしているのですか?

金融機関などから年間40万件以上届出される疑わしい取引情報に対して、機械学習で優先度付けを行い、分析担当職員がどの情報に先に注意を払うべきかをランク付け しています。全件を人手で精査すると時間がかかりすぎるため、AIで効率化している形です。

Q6. 生成AIを警察が使っても情報漏えいの心配はないのですか?

警察庁では 外部インターネット非接続のクローズド環境(オンプレミス)で生成AIを運用 しており、外部クラウドへの情報漏えいリスクを遮断する設計になっています。一般業務では今後ガバメントAI「源内」の併用も想定されていますが、機密業務は引き続きクローズド環境が基本です。

Q7. 民間企業でも警察と同じようにAIを活用できますか?

活用領域によります。 疑わしい取引分析(AML)は金融機関側で既に多数の導入事例があります(SBI新生銀行50%削減、横浜銀行30〜40%削減など)。一方、犯罪予測・加齢顔画像・トクリュウ分析は警察の捜査権限に基づく運用であり、民間での類似運用はできません。

Q8. トクリュウ対策の生成AIは何を分析するのですか?

全国警察が作成する 捜査報告書・逮捕被疑者情報・共犯者記録などのテキストデータ を生成AIで横串分析し、犯罪相関図を自動作成して首謀者・上位者を特定することを目的としています。2026年度からの本格導入予定で、予算は令和8年度概算要求に約2億7,000万円が計上されています。

関連記事

警察・公安領域のAI活用を理解する上で、以下の関連記事も併せて参考にしてください。

まとめ

警察・公安領域のAI活用は、「加齢顔画像」「犯罪予測」「疑わしい取引分析」の3主軸で既に本格運用フェーズに入っており、2025〜2026年は 生成AIによるトクリュウ対策・業務効率化・フィッシング偽サイト判別 という新たな展開が重なる転換期です。

  • 年齢進行顔画像: 2014年〜科学警察研究所で運用、2020年〜TEHAIプロジェクト公開
  • 犯罪予測: 神奈川県警2021年〜本格運用、地点・時間帯単位で個人予測は行わない
  • 疑わしい取引分析: JAFIC 2022年〜本格運用、年40万件超をAIで優先度付け
  • トクリュウ対策生成AI: 2026年度〜本格導入予定、概算要求2.7億円
  • 業務効率化生成AI: 2024年3月〜クローズド環境オンプレで構築、国会答弁草案・長時間労働是正に活用

日本の運用は、街頭リアルタイム監視や個人単位の犯罪予測を行わず、捜査員の判断支援と業務効率化を中心に据える点で、米中の運用モデルとは明確に区別されています。バイアス・誤認逮捕・説明可能性といったコンプライアンス課題に対しても、警察政策学会などで継続的に議論が行われています。

自治体・警察向けDXベンダー、金融機関のコンプライアンス部門、セキュリティベンダーの方々は、「どの領域で、どの技術を、どの程度の効果で、どのような歯止めのもとに運用するか」 を一貫して設計することが、今後の導入提案の鍵になります。

情報ソース: 警察庁令和4年警察白書、令和5年事業レビュー、警察庁PRISM令和4年度成果報告書、警察政策学会講演録、JAFIC警察庁公式、法務省寄稿、ヤフー公式プレスリリース、日経新聞・毎日新聞・読売新聞報道、SBI新生銀行・NEC・愛媛銀行プレスリリース、MIT Technology Review ほか

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